川越400年の町の一員として

継承される「蔵造りの町並み」「時の鐘」

江戸時代初期から、川越は江戸につながる新河岸川の舟運により、物流・交通路の要衝となりました。寛永の川越大火(1638年)で被災した川越仙波東照宮の再建に向け江戸から再建資材を運ぶために始まった新河岸川の舟運はやがて、農産物を江戸へ、日用雑貨を川越に運んで栄え、川越は「小江戸」と呼ばれる商業都市に発展したのです。

町のシンボルである「時の鐘」は約400年前、初代藩主の酒井忠勝により建設され、火災で焼失しては建て替えられて現在建っているのは4代目。1893年(明治26年)の川越大火で焼失した際、町の3分の1以上が焼けた中でも商人たちは、人々の暮らしに欠かせない「時」を告げるため、自らの店の再建に先駆けてがお金と力を注ぎ、いち早く建て直したそうです。

こうした歴史を継承する川越の町は、地域ならではのお土産品を通じて生産者と、訪れるお客様をつなぐ仕事をしてきた私たちにとって、憧れの土地でした。

時の鐘

川越で「プリン屋」を営むということ

そんな蔵造りの町に私たちが「川越プリン」をオープンできたのは、2018年7月のこと。歴史ある建物が並ぶ「蔵造りの町並み」のほぼ中心部で、時の鐘もすぐ近くという立地です。さらに幸運なことに、伝統木造建築工法で建てられた新築物件をお店としてお借りできることになりました。

そこには大家さんの「歴史ある川越の景観を守りたい」という強い思いがありました。古来の技法による木造建築は新しい木目が美しく、佇まいやしつらえに日本的な美が感じられ、古い町並みに溶け込んでいました。私たちは、そんな巡り合わせからも町の一員に加えていただくことに感謝しつつ、「単なるプリン屋ではなく、川越の町のために役立ちたい」と思うようになったのです。

蔵造りの建物

大切にしていること

川越の伝統文化やいもをまるごと伝えたい

お店を始めてみると、寺社仏閣が季節ごとに祭礼を行い、10月には30台ほどの豪華絢爛な山車が町を練り歩く川越まつりがあります。お祭りでは灯りを灯し、名前を記す提灯が目につき、夏の神社には参道などに吊り下げられた風鈴の涼やかな音色に、暑さが和らぎました。毎月開催される「川越きものの日」には、古くから産地として多くの人に愛されてきた川越唐桟が人気です。

プリン作りで使用する川越いもや河越抹茶の生産者の方は、効率や合理性に流されず、長く守り続けていることに誇りを持ち、実直に丁寧に作物を作ってくださっていました。

それぞれを支える裏方や職人の方々の存在があり、川越の町があります。でも、外から来てくださるお客様にはその存在や役割は、なかなか見えません。だから、私たちが"川越の案内人"になることにしたのです。

提灯 川越唐桟
いも畑

川越のまちとともに
これからもひと瓶ずつ

当初、私たちは"よそ者"でしたが、いまスタッフの大半は川越市民です。これからも10年、20年と蔵造りの町並みを支え、川越に深く馴染んでいきたいと願っています。

1号店ではまちを散策しながら食べ歩きを楽しめるプリンなどをご提供します。そして、2026年5月オープンの2号店はゆっくり過ごしていただけるイートインスタイルにし、提灯や風鈴、川越唐桟をしつらえて、川越の思い出としてまるごとお持ち帰りいただけるようにしました。

美味しいプリンでゆったりほっこりしながら、川越の奥深い歴史と興味深い地域文化に触れていただければ。私たちは、川越のまちの一員として、これからもひと瓶ずつ、お客様にお届けしていきます。